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海外遠征

2018年9月 3日 (月)

2018年ヨーロッパ遠征 後半の部 その1 ピッツベルニナ

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写真はこのルートのハイライトであるビアンコグラート。右端の岩の上の人影はTutiさん。左下に見える二人のクライマーのところまでいったん下った後、岩のリッジを超え、鞍部からビアンコグラートを登る。

 

 今回の遠征の後半の部は、TutiさんとKameが数年来憧れ恋焦がれてきた、ピッツベルニナのビアンコグラート(白い稜線)からの登頂を目指した。
 ピッツベルニナの登山基地はポントレジーナという静かな村である。その隣には、サンモリッツという町があって、ここはスイス有数の保養地で、冬季五輪が行われたこともある。

P1250358_3  まず初日は、標高1800mのポントレジーナから、2584mのチェルバ小屋をめざす。歩いても4時間半位だが、痛めたKameの膝を温存するため、馬車を使う。乗り場は鉄道駅のすぐ近くにある。










以後の写真は、クリックすると拡大します。







P1250365_2川沿いの道をのんびり馬車に揺られる。
 隣に座ったスイス在住の夫婦は、夫人が日本人で、旦那さんはフランス人。何度もここを訪れているらしく、いろいろ教えていただいた。夫人は久しぶりに日本語で話ができるのが楽しいらしく、ずっとお話してくれて退屈しなかった。



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   一時間余りで馬車の終点、ロゼック小屋に着く。
ここからチェルバ小屋までは2時間余りの登りだ。












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   チェルバ小屋。
















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小屋前のエーデルワイス
























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Tutiさん。着いた途端にまず一杯

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我々の他には数パーティーが宿泊しているだけであった。8人部屋に2人のみで広々と使えてありがたい。ガイドが言うには、天気予報がそれほど良くないので宿泊が少ない。そしてその分、ベルニナの順番待ちが少ないだろうとのこと。
 この就寝スペースを、富士山の小屋経営者は見よ!



















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一人一つの荷物棚。富士山の小屋経営者よ、これを見よ!
























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午前4時前に出発し、しばらく登ると後ろから日の出。























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KameのガイドはDuriさん24歳。とても優しかった。





















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TutiさんのガイドはBettinaさん。
とても厳しかったそうです。























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ピッツモルテラッチとピッツベルニナのコルに向かう。












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ガイドはヒョイヒョイとトラバースするが、私はそうはいかない。












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軽快に登るTutiさん。















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リッジに仁王立ちのTutiさん。
その向こうにはビアンコグラートが正面に姿を現した。













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もうひとつの岩のリッジを越えると、夢に見たビアンコグラート














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確かに、天に続く白い道



















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遠くからは分からなかったが、近づくとスケールがでかい!


















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待ちに待った稜線なのにしんどくてとても長く感じた。













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ガイドはタッタカターと登っていくが・・・





















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TutiさんとBettinaさん











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ビアンコグラートを登りきった。しかし行く手にはベルニナシャルテという、難関の岩場。

























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ベルニナシャルテは岩に氷が張り付いてとても滑りやすく、傾斜が強かった。何とか登り切り、ベルニナ山頂間近。

























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ベルニナ山頂にて。


















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ベルニナ山頂から二時間降りたマルコ・エ・ローザ小屋で一泊後、次の日はピッツパリュを縦走。写真はパリュ山頂にて

















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このガイドと並びたくないなあ。
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ロープウエー駅も間近













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ロープウエー駅のあるディアボレッツア展望台から。ベルニナ山群丸見え













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ディアボレッツア展望台からのピッツベルニナとビアンコグラート

















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縦走してきたピッツパリュ
















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展望台まで上がってきて展望を楽しむ人々と一緒にくつろぐ。

2016年8月31日 (水)

ハンテングリ(BC敗退)

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2016年7月30日から8月20日までの予定で天山山脈のハンテングリ(7010m)を目指したが、4000mのベースキャンプで高山病による体調不良に見舞われ、8月4日に下山した。ベースキャンプからはルートがすべて見渡せ、要所には固定ロープがあるので、高度に順応し、天候さえ許せば比較的安全に登れる山ということで選んだ。登れなかったが、見ているだけでも飽きない山だった。写真は左がハンテングリ。右はカパーエブの第二峰。ルートは右の雪壁から稜線に移り、カパーエブの第二峰からつり尾根を経て頂上に至る。
写真はすべてクリックすると拡大します
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登山者に割り当てられるテント 
二人用で広々
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ついた日を入れて毎日3日間ハンテングリがよく見えました。
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食堂テントと、厨房テント
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ハイキングの途中の凍った湖
ガイドはサキヤン
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カパーエブはハンテングリのショルダーと、単なる
付属品のように言われるが、こちらから見るとかっこいいP1240109_4   





















今日は少し曇りがち
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テントキーパー、兼 シェフ
のモハさん

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帰りのヘリ待ち

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ヘリで降りたカルカラキャンプでの夕食

2013年8月25日 (日)

ブライトホルン4164m 2013/8/17

ブライトホルンは5名が登った。

5人をリードしてくれるガイド氏と、
ゴンドラ乗り場で待ち合わせ。

やってきた彼は50歳前後?の素朴で無口、優しげなMr.レオ、スイス人。
握手を交わしゴンドラに乗り込んだ。
着いたところはマッターホルン・グレッシャー・パラダイス、標高 3883m! ヨーロッパ最高地点の展望台だ。
なんと、ここはイタリアなのだ!
しかもスキー場もある。 もちろんスキーヤーが滑っている。
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稼働中のリフトの脇を、登山道(ゲレンデを外れた雪原)まで移動。
Mr.レオとザイルで繋がれた5人はいよいよ登りにかかる。
見上げれば頂上に続くルートには何組ものパーティーがすでに歩いている。
頂上は、どこからでも何ものにも邪魔されることなく、すっきりと一望できるのだ。
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なだらかに見えたルートだったが、登り始めてみたら「直登してるのか?」と思うような結構な勾配である。
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徐々に雪は深くなってくる。
トレースの所々は凍っている。
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何度か大きくくの字に曲がりながらピークを目指して登っていった。
レオ氏が振り返って「コングラッチュレーション!」と言った。
ピークだ!
ツェルマットのアパートから、ベレー帽を被ったように丸く見えていたピークは、やっぱりなだらかで「どこがピーク?」という感じだった。
だが、登ってきたルートとは裏腹に、反対側(ツェルマット側)は急傾斜に切れていて、ピークは細長い尾根状になっている。
何か落っことしても向こうには取りには行けない。
ツェルマットの街がはるか下のほうに見えている。
足元から流れている氷河は、ウンタラー・テオドール氷河とホルン氷河。
レオ氏が指差して、遠くにメンヒ、ユングフラウが見えると教えてくれた。
振り返ると反対側にはモンブランも見えた! まさにスイス、フランス、イタリアにまたがっている自分がいる!
ここは、ヨーロッパのまっただ中なのだ!
横並びに座りこんでいる先着の登山者たちがいる。
彼らはみな笑顔で、登頂した私たちを祝福してくれた。           記 ふくちゃん
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2013年8月24日 (土)

ヨーロッパ遠征 ~ ヘルンリ小屋まで inツェルマット ~

 

ヨーロッパアルプス13名は、
いろいろなグループに分かれては合流し、

また分かれてはそれぞれのトレッキングを楽しんだ。

 モンブランから帰還した7名は翌日、2グループに分かれた。
2名はグリンデルワルトへ、5名はツェルマットへ向かうのだ。

 ツェルマットではトレッキング組6名と合流、アパートに落ち着き、
ふたたび賑やかな合宿となる。

 16日、マッターホルン登頂のため、
11名はヘルンリ小屋へむけて出発する。

と言ってもマッターホルン組は2名だけで、
あとはヘルンリ小屋体験トレッキングとでも言おうか、

とにかく目的はヘルンリ小屋であり、宿泊せずに帰ってくるのであるが。

 アパートを出てバーンホフ通りを歩く。
20分ほどでゴンドラ乗り場へ。
20分も乗ればそこはもう標高2582mのシュヴァルツゼーパラダイスだ。

 左手にはモンテローザ、ブライトホルンが見える。

右手にはマッターホルンも目の前だ。

 湖畔に礼拝堂が建つシュヴァルツゼーという湖を眺めながら、
いよいよツェルマットでの最初のトレッキング開始!

 日本人でも誰もが知っている?
あのマッターホルンがどんどん近付いてくる。大きくて明るい。

 所々に置かれている赤いベンチが可愛らしい。

黄色い道標がキュート!

高山植物もまだまだたくさん咲いている。

 テオドール氷河が見える分岐(ヘルンリまで1時間半の表示)で休憩。

 カウベルの音が聞こえるので脇を見上げると、数頭の羊が草を食べている。遠いのではっきりとは見えないが、どうやら顔だけが黒いように見える。近くで写真を撮りたいがガマン。

 このあたりからそろそろ登りにかかってくる。シュヴァルツゼーからヘルンリまでの標高差677m。

 左手に氷河を見下ろしながら登ってゆく。
氷河上に堆積した土砂に幾筋ものくねくねした白い筋が見える。水が流れた跡だろうか。

 わたしたちのようなお気楽な感じの登山者がドンドン下ってきて、
挨拶を交わす。

シャモニーでは「ボンジュール!」ここでは「ハロー!」

 ザイルを巻きつけたガイドらしき逞しい男たちも

みんな陽気に「ハロー!」

結構な確率で「コンニチハ!」「アリガトー!」などとユーモラスな声もかかる。

 なんで日本人ってわかるんだろう?「ニーハオ!」とか
「アニョハセヨー!」とか云われたことなかったなあ。

 分岐から2時間でヘルンリ小屋に到着。

 小屋の前では大勢の山男たちが楽しげに談笑している。

全員ガイドなのか?

そんな風に思えるくらいみんな大きくてごつくって、いかつい。

 少しでもピークに近付きたくて、小屋裏をぬけてちょっとだけ登っていった。

 マッターホルンはいよいよ大きく、澄んだ青空を突き刺していた。

 


ヘルンリ小屋まで    2013/8/16    記 ふくちゃん

2013年8月23日 (金)

2013年 ヨーロッパアルプス

2013年紀州山友会ヨーロッパ遠征

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ヨーロッパアルプスは紀州山友会創立40周年記念行事のひとつとして企画され、13名が参加しました。期間は8月10日(土)~23日(金)、訪問地はシャモニーモンブラン(フランス)、グリンデルワルト、ツェルマット、サンモリッツ(スイス)の4都市。色々なグループに分かれたり合流したりしながら登頂、トレッキング、観光を楽しみました。登頂を目指した山と人数は、モンブラン7名、マッターホルン2名、モンテローザ1名、アイガー2名、ドム2名、ブライトホルン5名でした。モンブランはガイドレス、その他はガイドを雇いました。モンブランは荒天のため4200m付近から敗退しましたが、そのほかはすべて好天に恵まれ登頂を果たしました。(写真はクリックすると拡大します。)           記 まーちゃん
8月11日全員でトレッキング
アパート6:10・・・6:15エギーユ・デュ・ミディ ロープウエイ駅6:40---7:00エギーユ・デュ・ミディ山頂駅8:20---8:30プランドゥレギーユ・・・11:20モンタンヴェール・昼食12:50---13:10シャモニー
 

 各自持参の朝食をとり、6時半の始発のケーブルカーに乗るべくアパートを出発。アパートのうたい文句の通り約5分で乗り場についた。しかしそこはすでに長蛇の列で、始発には乗れなかった。でも20分くらいの間隔で次々に出発してくれるので、それほど待たなくてすんだ。
 
岩峰をくりぬいた頂上駅に着き、エレベーターで昇るとそこは富士山より高い、標高3842mの展望台。モンブランをはじめとして360°の大展望がのぞめる。カッパを羽織らないと我慢できないほど寒い。早くも「来てよかった。」の声が弾む。記念写真を取り合って満足して中に戻るとカフェがあり、各自飲み物やパイ、ケーキ、スープなどを楽しむ。
 しばし
ゆっくりした後、ケーブルで途中駅のプランドゥレギーユまで下りて、そこからモンタンヴェールまで2時間半くらいのトレッキングを行った。人に慣れたロバと記念写真を撮ったり、高山植物を眺めたりしながらゆっくりと進む。初めはほぼ水平道で、お花畑の中を絶景を眺めながら歩いた。最後に道が登りと水平道の二手に分かれて、どちらにしようかと地図を見ながら迷っていると、登りの道を先に歩いていた人が「カモン!ディスウエイ!ビューティフル!」と呼んでくれたので、登りの道を選んだ。誘ってくれただけのことがあり、モンタンヴェールに近づいたころ、ドリュ針峰をはじめとして、険しい山々の姿を真正面に見ることができた。
  モンタンヴェール駅からすぐに下る予定だったが、駅の手前に、しゃれたレストランがあって、そこで昼食をとることにした。メニューは英語、ドイツ語などだったが、けこさんが解読してくれた。もう歩きも終わったので、ビールもいただいた。
 
午後はシャモニーの町へ降り、ソシュール広場で記念写真、観光協会やガイド組合での情報収集、スーパーでの買い物などをした。そして夜は女性の手によるスイス料理に舌鼓を打たせていただきました。

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シャモニ・モンブランからロープウエーで、3810mのエギーユ・デュ・ミディ展望台へ。

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エギーユ・デュ・ミディ展望台

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展望台から見たモンブラン

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ケーブル途中駅からモンタンヴェールへトレッキング

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ドリュ針峰

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アパートでは手づくりスイス料理

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アパートはホテルよりも広い。ベッドはそれなりだが

8月12日モンブラン目指してグーテ小屋へ

8/12(月)アパート----シャモニー駅616--(バス)---708サンジェルヴェ・ヴァン=ラファイエ駅720----(登山列車)---830二・デーグル900・・・1600グーテ小屋

シャモニーからサンジェルヴェヴァン駅まで小1時間バスに乗り、さらにサンジェルヴェヴァン駅のとなりのラファイエ駅から登山列車で標高2386mのニ・デーグル駅まで1時間10分かけて登る。駅の裏でトイレを済ませて、グーテ小屋をめざして登る。コースタイムは4時間半。クーロワールの落石を考えると、雪の緩まない、できるだけ早い時間に通過することが望ましいが、高山病を考えるとあまり速く登っても危ない。結局ゆっくりとしたペースで登る。クーロワールまでは雪渓まじりの、だいたい普通の登山道だった。
 
さて、いよいよ魔のクーロワールに到着。旅行社の現地代理店のTさんの話では、先月22日、23日連続で事故があり、「バラバラになった人が落ちてくるのをこの目で見た。」と聞いていた。しかし、この日のその時間は、落石は落ちていない。しかしいつ落ちてくるかわからないので、お互いに上部を監視しあいながら、1人ずつ順番に急ぎ足で通過する。何とか全員無事通過で、ほっと一息。今日の核心部は終了した。
 そのあとは稜線まで、岩場が長く続いた。要所には鎖などが設置されていてそれほど危ないということはない。しかし、この岩場を登っているとき、左手の岩場からガラガラと音がして落石が落ちていく。これはあのクーロワールの上部にあたるところだから、やっぱり時間帯によっては危ないんだと、肝を冷やす。最後に氷河を横切って1600に宇宙船のような形のグーテ小屋に到着。ニ・デーグルから7時間かかった。
 グーテ小屋につくと、Tさんが待ってくれていて、チェックインを手伝ってくれた。受付のフロアには、ヘルメットやハーネスなどの装具を外して入ることも教えてもらう。受付は例によってフランス語しか話さない兄ちゃんで、不機嫌な表情(後で何度も見かけたがいつも不機嫌)。会話はすべてTさんがしてくれて、部屋の名前やベッドの番号を聞く。それから全員が手首に巻く紙のバンドを渡される。これがない人が小屋にいると注意される。1830からの夕食はスープから始まるコース料理。パスタの麺はちょっと歯ごたえがないかと思ったが、すべておいしく満腹に頂いて、明日に備えて早々に就寝。
 

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モンブランの見えるシャモニーモンブラン駅から

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あのグーテ小屋を目指して・・

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氷河を登ります・・

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これがあの魔のクーロワール。今日は落石は少なくてよかった。

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小屋手前は長い岩登りが続きます

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休憩しながらゆっくりと・・・

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グーテ小屋につきました。

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とてもきれいな小屋でした。

8月13日いよいよ」モンブラン目指して登ります

8/13(火)グーテ小屋300・・・4200530?・・・700グーテ小屋8:00

 ・・・14:30ニ・デーグル14:40・・・15:50サンジェルヴェ・ヴァン=ラファイエ16:30・・・17:30ミディ・・・17:40アパート

 翌朝は200起床、朝食後3時ごろ出発した。ガスに包まれた状態で見通しは悪い。ヘッドランプで氷河を登っていくが、ガスはどんどん濃くなっていく。2時間くらい登っただろうか。上からヘッドランプのあかりが下りてくる。「頂上まで行ったのか?」と聞いてみると、「・・・リターン・・・ヘビー・・ウインド・・ガス・・」と答えてくれた。強風と濃霧で引き返して降りてきたとわかった。それからもしばらく登って行ったが、どんどん降りてくるグループとすれ違う。リーダーがそのひとつにくわしく聞いてくれたところによると、「上は風が強くてトレースが消えている。GPSを持っていなくて道を知らないならやめておけ。」ということだった。しばらくして、どこで最終判断するかを相談。結論は「明るくなるまで登ってみて、その時点で状況を見て決める。」とした。しかし、その後登り続けて日の出の時間もすぎ、次第にうす明るくはなってきたが、ガスは晴れず、振り返ってみると、自分たちのトレースも風に吹かれて、あまり明瞭ではない。これ以上風が強まったら、帰り道も迷うかもしれないと思った。リーダーがここで判断。「残念ですが、ここで撤退します。」

 登りで最後尾だった私が先頭で下山。トレースを外さないように地面に顔をすりつけるようにしてさがし、同時にコンパスで方向を確かめながら下った。グーテ小屋には7時過ぎに到着。
 
Tさんたちも撤退してきていた。明日の天気予報が快晴とでていたので、グーテ小屋に今晩宿泊できる方法がないか、相談した。しかし、「空きがあればネットで予約できるかもしれないが、多分満員だろう。今日の20時まで小屋で待っていて、その時点で空きがあれば泊めてくれるかもしれないが、空きがなかったらその時間から降りねばならない。」ということだった。20時まで待つ危険を冒すわけにはいかない。けこさんがスマホでグーテ小屋のホームページに入ろうとしてくれるが、長時間かかってもフリーズ状態のままアクセスできない。事前の説明会の時、念のためにグーテ小屋を2泊とっておけば?という意見が出ていたのが頭をかすめたが後の祭りだ。
 
ここは潔く下山することになった。Tさんたちのガイド登山日本人グループの中でひとつだけ登頂できたグループがあった。その人に「よかったですね。」と祝福すると、「ガイドの判断で登頂しました。頂上は晴れていました。」とのこと。ガイドは「彼がストロングだったから。」と謙遜していた。私は「そうか、しかしこのルート初体験の僕らは、あの状況で続行の判断はできへんなあ」と思う。小屋前で記念写真を撮って下山。心配したクーロワールはまだ落石の時間ではないようでOK。全員無事シャモニに帰還した。サンジェルヴェ・ラファイエ駅前のカフェにはいり、ビールで残念の乾杯。夕食の残念会はレストランでフランス料理とワイン、ビールを楽しんだ。ここでもけこさんの語学力、グルメ力でメニューを解読して注文してもらって助かった。

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が・・・あいにくのガスと強風であえなく撤退・・・

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小屋前で写真を撮り、下山となりました。

8月14日アイガー組はグリンデルワルトへ
ガイド予約を1日早めてもらうことはできず15日も1日まったりと停滞

 
8/14(水)グリンデルワルトへ移動
 8/15(木)停滞・洗濯など 
 13日にモンブランを撤退し、14日の予備日を使うこともできないと分かったので、アイガー組の二人は予定を早めて14日にグリンデルワルトへ移動した。すると、何とも偶然に、駅前でトレキングのグループと笑顔の再会となった。それからスポーツセンターで16日からのアイガーを、15日からに繰り上げられないかと交渉したが、ガイドはビジーとのことで断られる。仕方なく14,15日とテント場でのんびり過ごし、予定通り16日にミッテルレギ小屋に入ることにする。このテント場は水洗トイレ、シャワー、コインランドリーなどを完備した、キャンプ場離れしたところだった。
 

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アイガー組はアイガー北壁を望むテント泊です

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ヴェッターホルン

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テント泊でもしっかり食事

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アイガーが待っている・・・
8月16日いよいよミッテルレギ小屋へ向けて出発・・・・
グルント11:20 ---- 11:50 クライネシャイデック  14:30----15:15アイスメーア15:30・・・・17:00 ミッテルレギ小屋

今日は15:15に、アイスメーア駅でガイドと落ち合い、そこからグーテ小屋まで行く予定である。登山列車が混むかもしれないので、早めにキャンプ場を出発、クライネシャイデックで時間をつぶすことにしてカフェで昼食をとる。昼食後もまだ時間があるのでお茶を飲んでいると、向かいの席に座った2人のドイツ人が話しかけてきた。何を話したかほとんど忘れたが、こちらからはモンブランに挑戦したことことと、これからアイガーに登ることを話した。二人は、私たちにはとても無理だと、おなかをさすっていた。二人とも酒好きで、秋にビール祭りがあってその日は飲みに飲むというような話を聞いたと思う。さて、ハーネス、ヘルメットをつけ、時間が来たので再び登山列車に乗り込み、15時過ぎにトンネルの中のアイスメーア駅に着く。下車してきょろきょろしていると、向こうから見つけてくれて握手をする。私のガイドはパトリック、相棒のガイドはフリッツ。ナイストゥミートユーとあいさつし、英語が得意ではないので、ゆっくりしゃべってくれと頼む。「OK OK NO PROBLEM!」と、パトリックはとても優しいガイドだった。」ロープをつないでトンネルを出ると、いきなりびっくり。足元の岩場とむこうの氷河の間に2m弱の割れ目がある。ガイドは岸壁側の支点にロープを通してそれで自分を確保しながら割れ目をまたぐ。次に私もそのロープで確保されながらまたぐが、コンパスが違うので苦しかった。それからしばらく氷河をトラバースし、途中クレバスを超えたり、短い雪壁を超えたりしながら進み、そのあと岸壁を斜上する岩登りになった。スポーツセンターで会った人から、この取りつきが一番難しく、ここでもたついたらそこでアイガー登山失格になる聞いていたが、レベルは3級+か4級-ぐらいで、それほどのことはなかった。この部分を超えたあと、ガイドは、「明日はこれより簡単だから大丈夫だ。」と安心させてくれる。ミッテルレギ小屋までは他の人の記録から、2時間半くらいかかると思っていたが、1時間半で到着。立て替えたばかりのとてもきれいな小屋で、布団もとてもいい香りがする、ふかふかの羽根布団だった。富士頂上小屋の経営者に、一度この小屋に泊まってもらいたいと思う。夕食時はガイドが小屋の手伝いをして、客に飲み物や食事の世話をしてくれた。ペパーミント紅茶がとてもおいしかった。
 朝は    時起きなので   時ごろ就寝した。

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クライネシャイデックから見上げたアイガーユングフラウ、メンヒの三山

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アイスメーア駅で下車、雪渓をトラバース・・・

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クレバスを越えながら・・

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ここが岩場の取り付きにして核心部・・

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もちろんガイドはサクサクとリードしてくれます。

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ミッテルレギ小屋に到着。背後はアイガー。
8月17日土曜日 いよいよアイガー登頂へ・・

 4:00 起床   4:30 出発・・・・ 8:30  アイガー山頂 8:50・・・・・ 12:30  メンヒスヨッホ小屋 12:40・・・ 13:20ユングフラウヨッホ 14:00----15:20 グルント・・・  15:40 キャンプ場
朝食は何グループかにわけて、順番にとる。パンとジャム、ペパーミント紅茶等の朝食後、ヘッドランプをつけて出発。いきなり岩場が始まる。ここから、アイガーはほとんど岩登りのコースとなる。昨日から思っていたが、ガイドは本当にバランスがよく、少々の岩場なら手を使わずに歩く。ガレ場のようなところでも、気にせずにひょいひょいと歩く。
 途中で背後から日が登ると、ガイドが「サンライズ!」「テイクピクチャーOK」と、写真を撮ることを勧めてくれた。シャモニーで会った人が登った時は写真も撮らせてもらえず、休憩もなかったといっていたが、私たちのガイドは「写真をとってもいいか」と聞くと、「エニータイムOK、ノープロブレム」と言ってくれるし、「休憩しなくていいか?」と聞いてくれたり、希望していなくても「レスト、ドリンク、イーティング」と、休憩を入れてくれた。
 しばらく登ると、太い固定ロープが出てきた。これに頼りすぎると腕の力を消耗すると、ホームページで見ていたので、できるだけ片手で軽く持つ程度にした。
 最後は雪の稜線に出たところが頂上だった。快晴の中360°の大展望。これ以上いうことはない。ガイドが写真を撮ってくれ、そのあと相棒が登ってきた。
さてピークを越えて反対から下りにかかるが、昨日会った人から、この下りの上り下りがとてもしんどかったと聞いていた。果たして、何か所もクライムダウン、ロアーダウン、カチンコチンの雪のトラバース、またアイゼンをつけて岩場の登り返し、また下りと、登りよりもハードで気を使うルートだった。一番びっくりしたのは、稜線の右の面の岩場をトラバースして行くと、一見ルートがなくなり、空中に飛び出して岩の鋭いエッジを超えるところだった。私のガイドは、「この穴とこの足場を使ってのりこえれば、よいホールドがあるから大丈夫。」と言ってひょいと超えていくが、こちら側からは向こう側が全く見えない。うしろにいる相棒のガイドに「テリブル」と言ってみるが、微笑んでいる。やけくそで言われた穴に指を入れ、言われたスタンスにアイゼンを置いてまたいでみた。向こう側の面にホールドと足場をさがす。まずまずのホールドに手をかけ、次にまたいだ右足のスタンスも決める。しかし残った左足のちょうどいいスタンスが見つからず、どうしようかと思ったが、右手の少し上にガバを発見したのでそこに持ち替えて、完全にエッジを超えて重心を移すと、左足はいいスタンスに届かせることができた。あとから考えると槙尾の岩トレ、八ヶ岳の主稜、小同心、中山尾根の経験がこのあたりに役立ったのではないかと思う。
 これでもかという岩場の通過を終え、やっと雪面の歩行のみになる。ここからは4人が1本のロープでつながっていく。クレバスに落ちた時のためである。のんびり行けるかと思ったら、結構早くて、疲れた体にはちょっとしんどかった。
 メンヒスヨッホ小屋で、ガイドは終了した。ここで、フリッツは明日のユングフラウガイドの仕事のために小屋泊まり。パトリックはグリンデルワルトへ下るので、ユングフラウヨッホまでは同行した。1時ごろにスフィンクス展望台につき、ちょっとお茶をしようかと思ったが、ものすごい人で、わたしがトイレに行っている間に相棒とはぐれ、そのまま駅に行き下山することにした。駅に行くと相棒が先に来ていたので一緒に下山した。
変更ができなくなりました。
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